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意外に知らない生活保護の基礎知識

- この文章は平成30年の名古屋医報に掲載された記事です。

はじめに

平成30年10月16日の中日新聞は生活保護の受給者に対して詐欺を働いたとして名古屋市の職員が逮捕されたと報じた。

「生活保護なら年金返せ」詐取 名古屋市職員、逮捕

担当する生活保護受給者に虚偽の説明をして計123万円をだまし取ったとして名古屋南署は15日、詐欺の疑いで名古屋市南区役所職員を逮捕した。
容疑者は南区区役所民生子ども課で生活保護を担当している。逮捕容疑は、生活保護を受給している無職女性(78)に遺族年金など120万円以上の収入があった事を知り、今年2月「生活保護を今後も受給するには年金を全額区役所へ返してもらう必要がある。」などと虚偽の説明をし、区内の銀行に連れて行って引き出させた約118万円をだまし取ったとされる。(略)女性が7月、「100万円以上返したのに領収書をもらっていない。」と区役所の別の職員に相談したため発覚した。

この記事が目に入った読者の中には奇異に感じる人もいたかもしれない。「生活保護を受けているのであれば生活に不自由はしないはず。受給した年金は返金するのが当然ではないか」と。しかし、それでは今回詐欺にあった被害者と同程度の法知識しか持ち合わせていないことになる。かなりの医療機関が生活保護法に基づく指定医療機関に認定されていると思われるので、我々医師は生活保護法と同制度に対し、正しく、かつ十分な知識を備えておく必要がある。そこで今回は生活保護の基礎知識に関してできるだけ簡便にまとめてみることにした。

1 生活保護の目的

憲法二十五条

すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

この25条の理念に基づき、国が生活に困窮する全ての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長すること(保護法第1条)とされている。生活保護というと経済的支援のみがクローズアップされがちだが、生活保護制度は経済支援と自立支援の2本柱で成り立っていることを理解しておきたい。また、「生活保護以下の生活をしている家庭があるが、生活保護を申請せず頑張っている」という人たちをマスコミが褒めたたえることがあるが、25条はすべての国民に健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障しているため、この日本国に「生活保護以下の生活で頑張っている家庭」などが存在してはならない。

2 福祉事務所の構成員

構成員の主たるものは以下の如くである。
・所の長
・現業を行う所員(ケースワーカー)
・事務を行う所員
・査察指導員

このなかで特に中核的な役割を果たしているのが現業を行う所員(ケースワーカー)である。貧困には様々な個人的要因があり、その問題点を解決して自立を促すためには保護を受ける人の状況に応じたケースワーキングが必要となる。ケースワーカーは面接、調査、判断、指導という方法によりケースワークを行うが、できれば家庭を訪問して現業を行う訪問員と、事務所をおとずれたものにたいする面接を主として行う面接員との二つに職務を分化させることが望ましい。面接相談員の職務は日々の窮乏と困難に心身ともに疲れ、福祉事務所に相談を持ちこんでくる人々に対し希望と更生への意欲をふるいおこさせるような姿勢をもって接するとともに、対象者の持つ問題を個別化してとらえ、適切な助言、指導を行なうことである。訪問員は保護の要否および程度を判定するための調査、決定手続、被保護者の生活指導等を行う。このため訪問員の業務は被保護者にとって極めて重要な役割となっている。

3 生活保護受給者の状況

現在、生活保護受給者は214万人を超え、被保護世帯は163万7800世帯を超えている。被保護者数だけを見るならば、 1950(昭和25)年の生活保護法成立以降、大きく増加しているが、その後の人口増を勘案すると、保護率が最高となっているわけではない。ただ、被保護者の年齢分布を見ると、60歳以上の被保護者が急激に増加していることが分かる。2011(平成23)年では70歳以上の人が28.1%であり, 60歳以上の人は51.1%だったが、 2014(平成26)年では70歳以上は31.7%、60歳以上は54.4%と増加し過半数を超えている。現在の年金水準では、年金受給年齢になっても貧困から脱却できるとは考えられないため、60歳代前半の被保護者の多くはこれからも生活保護を受給し続けることになると考えられる1)2)。また、生活保護受給者の増減は景気動向に大きく左右される傾向が強い。

貧困はお金がないことだけが問題ではない。これらの問題について, 2000(平成12)年の厚生労働省の検討委員会「社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会」では, 現代の貧困は「心身の障害・不安」,「社会的排除や摩擦」,「社会的孤立や孤独」といった問題が重複・複合化していると指摘されている。多くの場合、被保護世帯は、傷病・障害、精神疾患等による社会的入院、DV、虐待、多重債務、元ホームレスなど多様な問題を抱えており、また相談に乗ってくれる人がいないなど社会的なきずなが希薄な状態にある。さらに、被保護者には、たとえ稼働能力(働く能力)があっても, 就労経験が乏しく、不安定な職業経験しかない場合が少なくない。このような重層した問題は経済給付だけでは解決しないことも多く、自立の助長を目的とした対人援助が必要である。社会福祉事務所では、このような目的でケースワーカーが配置されている。

4 生活保護の原理

生活保護制度を理解するためにはいくつか理解しておかなければならない原理がある。
・ 無差別平等の原理

・ 最低生活の保障 ・ 補足性の原理(保護要件)
・ 補足性の原理(優先)
・ 補足性の原理(急迫保護)
・ 申請保護の原則
などである。

4-i 国家責任の原理

生活保護法第一条

この法律は、日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。

生活保護法第1条では「国」が必要な保護を行い、最低限度の生活保障と自立を助長すると規定されている(国家責任の原理)が、直接住民に対して生活保護の実施を行うのは国ではなく知事、市区町村長の管理に属する地方自治体の福祉事務所である。生活保護制度に関する費用は75%が国費で賄われるが、それ以外は自治体の負担とされており、これは生活保護費の濫用を防ぐために必要な措置であると考えられている。

4-ii 無差別平等の原理

生活保護法第二条

すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り,この法律による保護を、 無差別平等に受けることができる。

無差別平等の原理の趣旨は第1に国民に保護を請求する権利があること、第2に保護請求権は国民の全てに対し無差別平等に与えられていることが挙げられている。「素行不良な者」,「能力があるにもかかわらず、勤労の意思のない者、勤労を怠る者」などを保護の対象から排除することはできない。では国民ではないものは対象になるのかというと、外国人に対しては長期滞在者も含めて保護の対象とは認められていない。朝鮮人・韓国人は1952(昭和27) 年4月に効力が発生した「日本国との平和条約」により、在日朝鮮・韓国人は日本国民たる身分を失ったとされ、1952(昭和27)年以降、彼らは外国人として保護の対象ではなくなった。しかし朝鮮人・韓国人・台湾人は敗戦時までは日本国民とされており、植民地政策により日本に生活基盤を持つに至った歴史的な経過から、一方的に保護から排除することはあまりにも過酷なこととなる。そこで昭和29年5月8日厚生省社会局長通知が出され、「朝鮮人・台湾人」 に対する手続の簡素化がおこなわれた。それにより外国人の生活保護受給の権利性を否定する一方で、行政措置として日本人と同様の保護を行うという整理がなされた3)。

4-iii 最低生活の保障

生活保護法第三条

この法律により保障される最低限度の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。

保護法3条では上述のように定められているが最低限の生活とはなんであろうか?最低限理解しておかなければならないのは、国がこの制度によって健康的で文化的な生活水準を保障している以上、それが単に辛うじて生存を続けることができる、という程度のものであってはならないことである。少なくとも人間としての生活を可能ならしめるという程度として、具体的には以下のような給付がおこなわれている。

生活扶助:衣食、移送などに対し金銭給付
教育扶助:義務教育に必要な学用品、給食費などを金銭給付
住宅扶助:住居とその補修に対して金銭給付
医療扶助:診療、薬剤、治療材料などに対し現物給付
介護扶助:居宅介護、福祉用具、住宅改修、施設介護などに対し現物給付
出産扶助:分娩前後の費用、ならびに介助に対し金銭給付
生業給付:生業に必要な資金、器具、技能の習得に対し金銭給付
総裁扶助:検案、死体の搬送、火葬、埋葬、納骨などに対し金銭給付

通常の高齢者が介護保険を利用する際には毎月、介護保険料を支払いながら受ける介護サービスに対して1割を負担するのが通例である。生活保護の被保護者の場合は介護保険料も自己負担分も現物給付されることとなる。高等学校就学費用については義務教育ではないため厚生労働省告示として「授業料」「入学料及び入学考査料」などが生業扶助の範囲として示されている。教育扶助ではないのか?という疑問も湧いてくるが、教育扶助は対象が義務教育であり、高等学校や専門学校への就学費用は生業のスキルアップのため、自助自立の手段として生業扶助の対象となっている。

4-iv 補足性の原理(保護要件)

生活保護法第四条

保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。

補足性の原理とは、生活困窮に陥り自らの力では健康で文化的な生活をすることが困難なときに, 健康で文化的な生活に不足する分を保障することを指す。つまり不「足」分を「補」うということが生活保護の原理の根幹となる。このため、被保護者が利用し得る資産能力, その他あらゆるものを活用することを保護の要件としている。それでは被保護者の活用しうる資産能力とはどのようなものであるか、この点において「生活保護手帳 別冊問答集」4)は「資産の活用の範囲・程度は国民生活の実態及び地域住民の状況特に低所得世帯との均衡を踏まえて判断すべきものであり, 機械的, 画一的に決められるものではない。」と述べている。さらに別冊問答集は被保護者が保有を容認される資産の範囲を以下のように示している。

宅地:居住に用いる家屋など。
山林・田畑・事業用品:世帯の収入増加に著しく貢献するようなもの。
家具・什器・衣類・寝具:世帯の人員・構成などから判断して必要と判断される品目・数量

このような資産のうち処分価格が利用価値より上回るものは処分が優先され(被保護者の資産活用に充てられ)所有が認められていない。
上記は一例であるが、このなかで例えば自動車の所有については「事業用品としての自動車」と「生活用品としての自動車」に区分されており、「生活用品としての自動車」は保有を認められていない5)。「事業用品としての自動車」は一定の条件の上で保有を認められているが、遊興目的で自動車を使用することは、それがたとえ借りてきた自動車であっても利用は認められない。同様に貴金属などの所有も認められていないが、処分価値がほとんど無いようなものは例外である。
これまでに延べてきたように、保護法4条は被保護者が利用しうるすべての資産を生活の維持のために利用することを要求している。それでは保護受給中に蓄えた預貯金はどのように考えればよいのであろうか。まず、生活保護手帳は被保護者に対して預貯金等について少なくとも12か月に1回、申告をおこなうことを求めている。預金が申告された場合、当該預貯金等が保護開始時に保有していたものではないこと、不正な手段(収入の未申告等) により蓄えられたものではないことを確認することになっている。そのうえで、当該預貯金等が保護費のやり繰りによって生じたものと判断されるときは、預貯金の使用目的を聴取し、その使用目的が生活保護の趣旨目的に反しないと認められる場合については、活用すべき資産には当たらないものとして保有を容認している6)。たとえば、将来の自立を目指して専門学校に進学するための費用を保護費の倹約によって貯蓄しているような場合、そのような預貯金は収入認定されず、保有を容認される。冒頭に貯蓄した年金の返還を求められた被保護者を対象にした詐欺事件の話がでていたが、この事件を理解するには2つのポイントがある。まず第一に保護費は補足性の原理によって足りない分しか補充されない、ということである。被保護者の無職女性は年金収入があったのでその分を控除した金額しか保護費を支給されていない。にもかかわらず、年金の返金を求めることは生活保護法の最低生活の保障に抵触する。次に、112万円の預金は(おそらく)申告によって「生活保護の趣旨目的に反しない」と認められる預金であることである。この2点を理解していれば冒頭のような詐欺事件にはひっかからないのであるが、被保護者には他者とのコミュニケーション能力や制度に対する理解力が劣るものも多く、また社会福祉事務所のケースワーカーも人員の不足から十分な説明ができていないケースもあるため、これらの背景が生活保護制度にかかわる不正事件の原因となっている。
生活保護の被保護者の受給要件としてこれまでに資産を挙げてきたが、被保護者には活用できるものが他にもある。稼働能力(働く能力)である。被保護者の多くは精神的・肉体的障害や学歴・職歴・他者とのコミュニケーション能力・資格・生活歴などの点から稼働能力に問題があるケースが多い。しかしそれでも補足性の原理に基づいて、働けるものなら働いて最低限度の生活維持のために資するべきであるし、スキルアップなどを通して自助の道を探るべきである。稼働能力の判定は保護の必要性の有無に決定的な役割をはたしているため、以下のような点に注意して慎重に行わなければならない。

1)判断に当たっては、必要に応じてケース診断会議や稼働能力判定会議等を開催するなど、組織的な検討を行うこと。
2)年齢や医学的な面からの評価だけではなく、その者の有している資格、生活歴・職歴等を把握・分析し、それらを客観的かつ総合的に勘案して行うこと。
3)稼働能力を活用する意思があるか否かの評価については、求職状況報告書等により本人に申告させるなど、その者の求職活動の実施状況を具体的に把握し、その者が2)で評価した稼働能力を前提として真摯に求職活動を行ったかどうかを踏まえ行うこと。
4)地域における有効求人倍率や求人内容等の客観的な情報や, 育児や介護の必要性などその者の就労を阻害する要因をふまえて行うこと。

たとえ働く能力があり、働く意欲があったとしても、雇用は雇い主があって初めて成立するものであるので不景気による採用難で就職ができない、などと言う場合は稼働能力が実質上無い、と判定せざるを得ない。就労可能で元気そうな被保護者がマスコミで紹介されると、我々はつい「ちゃんと働け」と思いがちであるが人格的な問題などで雇用者が雇いたくないと思うような人物は、やはり稼働能力に劣るのである。そのような人物に如何に自立の道筋をつけるのか、それは個別のケースワーキングが重要なところであり、ケースワーカーの力量の見せどころなのだが、大変困難な仕事であることは想像に難くない。しかしそれでもケースワーキングが重要であるのは就労をしない被保護者の中には「生活保護受給者が働くと保護を取り消される」とか「就労収入は全額収入認定される」と思い込み「働いても働かなくても同じ」と思い込んでいる受給者もいるためである。実際には就労をすると勤労控除等によって就労収入の一部が手もとに残り、経済的には得になるということを事前に説明しておかなければならない。

4-v 補足性の原理(優先)

保護法4条には前述の保護の要件に加えて「優先」に関する規定が設けられている。現在の生活保護法に改定される前の旧法では、扶養ができる扶養義務者が存在する場合は生活保護が受けられなかった。したがってこの時代は扶養義務者の不在が生活保護の「要件」であったが、現在では要件から外れ、扶養義務者がいても保護を受けられるようになっている。それでは扶養義務者の存在が生活保護に影響を与えないのかというとそうではなく、扶養は「保護に優先」される、と規定されている。かつて年収数千万円の芸能人の母親が生活保護を受けている、としてバッシングを受けたことがあった。読者の中にも違和感を覚えた方がおられると思うが、扶養義務者に扶養能力があることが必ずしも生活保護を打ち切る要件とはならないのである。扶養義務者から扶養金が支払われていても最低生活を賄いきれない場合、扶養金を収入として認定し、その不足分について保護費を支給することになる7)。ただ、扶養はデリケートな問題を多く含んでおり、扶養請求権の行使が家族の間に騒動をおこしたり、扶養義務者のDVによって被保護者が扶養されることを拒否したりなど様々なトラブルが経験されるため、個別の事情に合わせた慎重なケースワーキングが必要である。

4-vi 補足性の原理(急迫保護)

保護法4条ではこのように、「要件」と「優先」があり、被保護者が活用できる資産を活用したのち不足分を生活保護として受給する規定となっている。しかし、急迫した事由がある場合にはたとえ前2項の規定に抵触しても必要な保護をおこなうことができる。どのような事由が急迫か、一概には言えないが典型例としては、疾病や負傷による生存の危機、預貯金や食料の枯渇、ライフラインの停止、国民保険料の滞納、児童生徒の登校困難などがある。

4-vii 申請保護の原則

生活保護法第七条

保護は、要保護者、その扶養義務者又はその他の同居の親族の申請に基いて開始するものとする。但し、要保護者が急迫した状況にあるときは、保護の申請がなくても、必要な保護を行うことができる。

国民は憲法25条により健康で文化的な最低限度の生活が保障されていることから、その生活が維持できないときには国に対して保護を請求する権利があり、申請主義とはその発動形式であるとされている。申請できる者は要保護者、その扶養義務者, その他の同居の親族としている。その一方で友人、知人による代理申請は認められていない。これは貧困ビジネス等が、要保護者を騙したり脅かしたりして代理人となる場合もあり得るからである。ただし、本人が自らの意思で記載した申請書を代理人が持参した場合については、これは代理ではなく、使者として捉えるべきであり、そこで行われた申請は有効となる。保護の申請は「非要式行為」であり、極端なことを言うと本人の申請であるのならば口頭での保護請求であってもかまわない。ほとんどの場合、保護の申請には緊急性があるため、保護の開始(保護の要否・種類・程度及び方法に関する通知)は申請の日より14日以内に書面をもって通知することになっている8)。ただし、扶養義務者の資産及び収入の状況の調査に日時を要する場合、その他特別な理由がある場合には,これを30日まで延ばすことができる。