千種区の紹介 ABOUT CHIKUSA-KU

この記事は愛知県医師会報に掲載された地区医師会だよりを元に書き起こしたものです。

千種区医師会の加藤豊と申します。地区だよりは愛知県内43医師会で持ち回り、今回は千種区の番だということで原稿の依頼をいただきました。もとより筆不精で何を書いたらわかりませんが、我が家では「ブラタモリ」という散歩をしながら地域を探検する番組が大ブームなのでブラタモリ風に散歩しながら千種区のご紹介をしてまいりたいと思います。
私の家は千種区の池下という場所にあります。近くに今池という地名もありますので池、池、と連呼するからにはここに大きな池があるのに違いありません。しかし残念ながら現在では池らしい池はどこにもみられず、蝮が池八幡宮、蝮が池龍神社などの神社が祀られているのみです。調べてみるとこのあたりは名古屋城の築城で追い出された名古屋村の住民が移り住んだ開拓地のようで、その際に小川をせき止めて人工の池を造ったようです。夏になると蝮(まむし)が群がっていたので蝮が池とよばれたその池は江戸時代になると拡張工事によって池下から田代にまたがる巨大な池になったようです。池は大正10年に埋め立てられ、現在ではグランドメゾン池下ザ・タワーという高級タワーマンションが建っています。医師会の先生方には池の跡地に建てられたこのマンションにお住いの方も多いと聞いておりますが、地震などで倒れてくると私の家はペッシャンコなので別の方角に倒れていただきますよう何卒よろしくお願いいたします。

グーグルストリートビューで見るグランドメゾン池下ザタワー
手前の池下駅の上は公営住宅になっていて、僕が往診にいくと「今日は間に合ってます。」といって鍵をしめてしまう婆ちゃんが住んでいる。

さて、歩をすすめて日泰寺のほうへ向かいます。途中にあるのは古川美術館といい、別館として古川為三郎氏が住んでおられたお家に入館することができます。一時は資産1兆円といわれた資産家のお住いなので誠に秀麗な佇まいですが、この家が建っていたがために名古屋市の地下鉄が池下から一社まで地下に潜ることになったことを思うと感慨もひとしおです。ただこの地域の地下鉄はどうも深度が浅いようで、我が家の1階で寝転がっておりますと地下鉄が行き来する音がドップラー効果付きで楽しめます。それでも頭の上を通られるよりはまだマシか、と古川さんには日々感謝をいたしております。

為三郎記念館

日泰寺を通り過ぎて次に皆様にご紹介したいのは城山町です。この地域は千種区の中でも特に緑豊かな。。。といえば聞こえが良いのですが空き家率が高いように思われ、そのような家々は緑に飲み込まれようとしています。その風景はあたかも風の谷のナウシカに出てくる「腐海」を思わせるような情景です。

千種区城山町
腐海に沈みつつある街のたたずまいをグーグルストリートビューで堪能していただきたい。
この地域は右をみても左を見ても加藤さんというお宅ばかりで、妻は「加藤山」と呼んでいる。加藤というのはこのあたりで陶器を作っていた人たちの名前らしく、我が加藤家のルーツもひょっとしたらこの加藤山なのかもしれない。

以前医師会のお仕事で千種警察署にうかがった際、千種区は空き巣被害が特に多いというお話をお聞きしました。空き巣の窃盗団の本部が大阪にあり、千種区まで出張に来ているそうなのです。私たち千種区民は大阪府民から見ると狩場の獲物なのでしょう。千種区にお住いの医師会員も多いと聞いております。なにとぞご自愛ください。

僕の家の車庫から突然姿を消したレクサスLS460 Fスポーツ
その日は久しぶりに休みをとって、妻といっしょに京都の博物館まで特別展を見に行く予定だった。玄関をでると、車が、ない。あれ?昨日飲んで帰ってきたのかな?病院に車を置いてきたのかな?と何度も自問自答するが、いや、間違いなく車に乗って帰ってきた。えらいこっちゃ、と車庫を見渡すと、なにか金属の削りカスのようなものが落ちている。どうやらドリルのようなもので車のドアをこじ開けたようなのだ。翌日たまたま、医師会の用事で千種警察署にご挨拶に出向いたが、「昨日はこの警察署の近くでも、レクサスの盗難がありましてね。」と署長もご存じの様子だった。私の車です、とは恥ずかしくて言い辛かったので、他人のふりを装いながら「その車どうなりましたかね。」と探りを入れたところ「レクサスはすごい車でね、GPSがついていて、どこに行ったか追跡することができるんですが、連中は賢くてね、すぐに切っちゃうんですよ。ほんと、その知恵をもっと他のことに使えばいいのにね。そうやって盗まれた車は昔は犯罪に使用されたものですが、最近は中古車として利用するみたいです。」とのことで、僕の車もひょっとしたら今頃、道頓堀川沿いの道を走っているのかもしれない。

「ここも腐海に飲み込まれてしまったか、、、行こう。ここもじき蟲がくる。」とユパさまを気取りながら我々は城山町をあとにして城山八幡宮へと向かいます。今回特別にこの神社をご案内させていただきます理由は、この神社がご霊験あらたかであるからです。参考までに私の経験をお話しさせていただきます。私は小学生のころより初詣といえば城山神社に詣でるのがしきたりとなっていました(歩いて行けるから)。ところが大学入試の年、「神を信じて神を頼まず」と言った宮本武蔵の言葉を思い出しあえて初詣をしませんでした。男子高校生らしい青臭い思い上がりでしたが、結果は散々、共通一次試験で足切りを食らい高校卒業前に浪人が確定してしまうという一般の高校生がしないような体験をする羽目となってしまいました。深く反省をした私は次の年、元旦の朝いちばんに初詣を行い平身低頭、昨年の非礼を詫び今年こそは合格させてくださいとお祈りしました。おかげでその年は医学部に合格することができましたが、それ以来アメリカ留学中を除いてこの神社の初詣を怠ったことはありません。


城山八幡宮
もともと尾張織田氏の居城末盛城があったところで、近隣住民の信仰をあつめて、現在は神社になっている。たいへん霊験あらたかであり、うっかりお参りをすると、一生お参りを続けなくてはならない。

詣でるときにはいつも家族の健康だけお祈りするのが習慣でしたが、5年前ある人から「神様は忙しいのだからお願いばかりされるとくたびれてしまう。詣でるときはあまりお願いをしないように。」というお話を聞きましたので、その年はあえてお願い事をせず「今年もよろしくお願いいたします。」とだけお祈りいたしました。するとその年は母が癌になったのをはじめとして家族が次から次へと病気をしてしまったため翌年からはきちんとお願いをするように決めております。たとえば「まず家族の健康をお願いします。お金も欲しいです。もっと下さい。あ、でも私が交通事故で死んでしまって保険金がたんまり、なんていうオチはよしてください。つぎに、、、」と念を押すようにひとつひとつしっかりとお願いをしております。ここの神様はこれぐらいやらないと危ないです。

城山八幡宮の初詣
僕は初詣のたびにおみくじを引くことにしている。いろんな神社で何度もおみくじをひく人もいるようだが、なんとなく潔くない感じがして、おみくじを引くのは年に1回、城山神社でだけ、と決めている。不思議なことにこの数十年、城山八幡宮では大吉か吉以外のおみくじをひいたことがない。ひょっとして、接待神社?と疑ったこともあったが、いっしょにおみくじをひく妻はいつも末吉か凶なので、吉しかはいっていない、なんてことはないのだろう。この分じゃ凶を引いた日にゃ死んじゃうかもしれないな、なんて考えていたらある年とうとう凶をひいてしまった。その年はちくさ病院が新築オープンの年だったし、夜店企画だとか、吉本から芸人まで呼んで盛大な内覧会をする予定だったので、こりゃ大変なことになったと大いに慌てた。もっと大きな神社でおみくじを引き直そうと、いそいで熱田神宮や伊勢神宮まででかけたが、残念ながらおみくじそのものが見当たらない。このランクの神様はおみくじなどという小遣い稼ぎはしないのだ。焦っていろんな神社を廻ったが、なんてことだ、どこの神社もひっそり社務所を閉じている。そういえば、新型の感染症が流行していて、クルーズ船から乗客が降りられない、なんてテレビで騒いでいたっけ。結局、ちくさ病院の開院式は中止に追い込まれ、配るつもりだった記念グッズは事務長室の床がたわむほど山積みに残ってしまった。はるばる京都まで出かけていって伏見稲荷でやっとこさ末吉を引き当てたのは、その年の秋だった。

まだまだご紹介したいスポットが千種区にはたくさんあるのですがスペースの関係もあり本日はここまでにさせていただきます。他の区でご活躍の会員の先生方にも、これから千種区に住みたいと思われている方もいらっしゃると思います。参考にしていただければ幸いです。今後ともよろしくお願いいたします。